青少年の皆へ:その監督・コーチ・指導者から逃げろ!《べそかき空手使いからの手紙》

感情的になる人・高圧的な人

怒鳴り散らす、物に当たる、怒ることで、指導される側の人たちを自分の意に従わせようとする…哀しいことにこういう人間がいるのが空手の世界です

全員が全員…というわけでは当然ながらありませんが、若くして監督やコーチ、といった立場に立ち、自分よりも大幅に年下の子供たちを従えるようになった人間に、この性質が現れることが多い傾向があります

名門校ですと、やはり指導者としての実績、結果を求められることからの焦りも当然あるのでしょうが

それをさっ引いても、おそらく自己承認欲求の塊で、空手を指導することで威張りたいのでしょう

しかし、これは相応にして惨憺たる結果となります

厳しく指導するというのは非常に指導する側にとっても大変なことです

選手の子達に対して、言いたくないことを言い、そして課したくない辛い稽古もかさねばならない時があります

「心を鬼にして」

というのはまさにその通りです

僕は伝統空手については、三段をいただいておりますので、地元の町道場での指導の真似事(恥ずかしながら)は経験がありますが

当然のことながら、大学や高校の正規の空手道部などで指導される専任指導者の皆さんのノウハウには到底及ばず、またその皆さんの背負っている責任、重圧は相当のものだと思います

しかしながら、今まで目にしてきたことや把握してきた出来事を整理すると

「心を鬼にする」というのは、クセになってしまう人間も事実としているようです

些細なことで、他の部員が萎縮するほど1人の部員に罵声を浴びせたり

「お前はもういい」

「やめろ、消えてくれ今すぐに」

と人格を全く認めない言葉を浴びせたり

それで生徒が帰ろう、辞めようとすると

「弱いやつだ」「逃げるな」

などと言ってまた自分の支配下に引き留めようとする

これは正直、理解ができない…また世は令和ですので、いよいよ持って理解する必要のないことだと思います

負けた生徒への暴言や暴力

そして何より、そういう人間は怪我をした生徒を邪険にします、ゴミのように扱います

「根性でなおせ!」

「俺が若い頃はそんな怪我、怪我のうちにも入らなかったぞ!」

「レギュラーから外れたいのかテメェ!」

お前こそ何言ってんの?💀(´⊙ω⊙`)👎 って話です

【感情的、高圧的な暴君から何が生まれるか】

それは負の連鎖です

賢い子は「あ、ここはダメだ」と危機を察知してその部をやめます

しかし、続ける子もいるわけです

そして、大半の子は卒業と同時に空手をやめます

しかし、空手を続ける子もいます

その粗暴な指導者を反面教師にして、素晴らしい空手の選手、先生になる子もいます

そして…それとは逆に

その粗暴な指導者に完全に毒され、自分も後進に対して、自分がやられたことと同じことをやってしまうようになる子もいます

これは大変に恐ろしく、そして悲しいことです

先生、殴らないで!―学校・スポーツの体罰・暴力を考える

そして、昭和や平成の時なら「鬼コーチ」や「炎の指導」などで黙認、または美化されてきたのですが、現代ではそれが許されず

保護者やメディアなどに取り上げられて批判され、パニックになってしまうのです

「僕は先生にされた通りの指導をやったのに、なんでなんだ…」

と、その「粗暴指導者2世、3世」たちも、そういう意味では被害者ですね

これからの空手についてですが

このような事態を避けるため

少なくとも、自分個人に被害が及ばないようにするためには

こういう監督やコーチ、指導者ががいた場合

空手を続けたい、やめたくない気持ちはわかりますが、少しでも、疑念や恐怖を感じた場合はそこから離れましょう

部活じゃなくたって空手はできます

やめる時には色々言われるものですが、それはただの雑音です

「人生が」とか「お前そうやってこれからも逃げるのか?」とか言われても気にしちゃいけません

そういうことをしたり顔で行ってくるやつほど、人生について了見狭いやつです(´・ω・)

また、こういう人間が道場の責任者だった場合は、何でも構いません、何かと理由をつけて、その道場から離れましょう

今日はこの辺で

押忍🥋( ˙-˙ )✊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【カラテ映画紹介】 黒帯 KURO-OBI(2007年):平成のホンモノ集結映画

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今回ご紹介いたします映画は

​黒帯 KURO -OBI(2007年:日本)​

黒帯 KURO-OBI [DVD]

​​​舞台は昭和初期の日本、激動の時代に翻弄されながらも

一子相伝の秘伝の黒帯をめぐり

凄腕の空手家二人が戦いを繰り広げる

非常にわかりやすい物語構成の映画です✊(`・∀・´)

ストーリーは置いときまして、この映画の魅力は

​​ガチで本物の空手のアクションです。

主演は2人、2人とも本物の空手家で

体感!中達也 前編

中達也 先生
日本空手協会師範で総務部次長、拓殖大学空手部監督)

DVD 宮城長順・八木明德の系譜 那覇手の「三戦」(サンチン): 名門・国際明武舘に伝わる沖縄剛柔流空手の極意 (<DVD>)

八木明人 先生
(国際明武館剛柔流空手道連盟会長 兼 館長)

この2人の繰り出す空手がもう 良い意味で言語道断 で

​中先生の「嘘でしょ!?」と言いたくなるくらい高速の突きと蹴り​

八木先生の「心まで砕けそうな」攻撃してる相手が可哀想になってくるような痛そうな受け技​

これがこの映画の真骨頂です。


そして中盤に、YouTubeでご存知の方も多いと思いますが

黒帯ワールドを開いてらっしゃる、映画監督の西冬彦さんも空手家として登場します

西監督 強えぇ🔥( ゚д゚)‼️​​​

西監督も極真空手を修行されており、その動きは間違いなく玄人

極真会館 牛を一撃で倒した男 大山倍達 [DVD]

素晴らしかったです​​

映画の合間合間に差し込まれる中先生と八木先生の型の演武も

引き込まれそうになるくらいに美しく、空手が好きな方は目が釘付けになることでしょう​

空手好きとして自信を持って言います

この映画はシブいです🥋

押忍 ( ˙-˙ )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画紹介(ホラー):「奇談」岩手県藤沢町が舞台のモデル

奇談(2005年:日本)

阿部寛さん主演のホラー映画です

この映画の舞台のモデルは僕の地元、岩手県藤沢町というところです

隠れキリシタンを題材として扱っており

隠れキリシタンは長崎などで有名ですが、岩手の藤沢町にもしっかりとその存在と…弾圧の悲しい記録が残っています

奇談 プレミアム・エディション [DVD]

元々の原作は諸星大二郎さん原作の漫画

「生命の木」

というものです

1970年代に青春を送られた方なら(僕はその時まだ生まれていませんが)

妖怪ハンターというフレーズをご存知の方もいるのではないでしょうか?

妖怪ハンター (集英社文庫) 全3巻セット

物語の内容は見てのお楽しみ

しかし少しだけ触れるのですが

かつてこの国にキリスト教が入ってきて、当然のことながら当時の権力者にその思想は疎まれ、また危険視され、迫害と弾圧の対象となりました

その中で、各地方の信仰者は「隠れキリシタン」としてひっそりと、バレないように、表向き形を変えてキリスト教を信仰していきました

やがてその中で、キリスト教は本来の姿ではなく

その土地の土着信仰とも長い年月をかけて融合し、全くオリジナルの独自の宗教に姿を変えていったものもあります

【アダムとイブと…もう1人いるんです】

旧約聖書には

エデンという楽園に最初の人類、アダムとイブがおり、そこで2人は悪魔に唆されて知恵の実を食べたことから知恵…知能を得る代わりに永遠の命を奪われ、楽園を追放されたということ

…もう1人いるようなんです、それがエヴァ

知恵の木を食べずに、もう一つの生命の木の実を食べた女性がそれです

彼女は知恵を得ることはできませんでしたが、その代わりに永遠の命を得ることができたということです

我々人類は、どうやらアダムとイブの子孫らしいのですが…

イブの子孫はどこにいったのや?…

そうしてどういう奴らなのや?…

彼らはどこに行って、何を目指すのや?…

そういうお話が、劇中において、東北の地で描かれます

正確な岩手訛りと、そして冬景色

俳優たちの白羽を踏むような演技と、そして透き通るような音楽

1970年代に「妖怪ハンター」の1エピソードとして描かれた物語は、当時映像は不可能と言われていたのですが

2000年代になって撮影技術の向上とともに、満を辞して映像化されました

岩手の1エリアを舞台に、壮大なスケールで描かれる宗教ホラーがこの

「奇談」

です

最後まで読んでいただきありがとうございました

今回はこの辺で

押忍🖋( ˙-˙ )✝️

 

 

 

 

 

 

 

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「山人(やまびと)」:遠野物語に記された異形種と宮沢賢治

これからお話しいたしますのは、あまりにも少数派で、マニアックで、決して一般的ではない「説」となりますので、どうぞご了承ください
山人(ヤマビト)
それは蝦夷(えみし)より先に日本に先住していた、大和民族とは全く違ったタイプの
「本土先住民族
と言われています

彼らは後からきた大和民族の物差しでは測りきれない
・身体能力
・繁殖能力
・第六感
保有していると一説には言われております
民俗学者である柳田國男は、岩手の記録者である佐々木喜善から仕入れたデータをもとに、遠野物語を編集しました

当然あの物語には、人智を超えた存在が多数出てきます。

ニッチな見識では、ヤマビトの存在を表に大々的に知らしめるわけにはいかないので、あの物
語の中で暗に示唆したのではないか?
という見方もあるようです
そして…
生前の宮沢さんは、非常に怪異について敏感であったという説もあります
見えないものを見て、聞こえないものをみて
そこから美しい物語や不思議な話を紡ぎ出したのが宮沢さんです
彼の童話の中にも、そのヤマビトの存在をどこかしら匂わせるものがあります
などです

読んでおきたいベスト集! 宮沢賢治 (宝島社文庫)

注文の多い料理店は、狩猟を趣味とする二人の男性が、山中にて「人外のもの」と出くわすお話し
風の又三郎は、結局、彼が何者であったのか、最後の最後まで明かされませんでしたが、特別な力を持つ子供のお話でした
彼も、彼の父親も人間だったのでしょうか…
宮沢賢治さんは座敷童においても
「座敷童子
として童話で発表されており
また、生前は柳田國男遠野物語の存在を伝えた佐々木喜善さんとも親しく交流を持っていたという記録があります
宮沢さんが、この山人について認知していてもおかしくはありません
ひょっとしたら宮沢さんは、独自の形で我々に山人の存在を匂わせていたのかもしれません
岩手のミステリーはまだまだディープです
今回はこの辺で
押忍( ˙-˙ )🌾

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武道武術の災害対策資料:事故例「プライドの餌食」〜終わりに〜

【何事も 現実世界 で取り組むことが大事】​​

​​今まで「プライドの餌食」ということでいろいろお話しさせていただきましたが、

先に述べてきたことはすべて、その人間の中で

「取り組むべきベクトル」「理解すべき基本的趣旨」

​が大幅にずれてしまっていることが原因​であるといえます。​​

​​空手とは、突く、蹴るなどの動くの修練の中で

心身を鍛え、健全な心…つまりものの考え方を養うために

先人たちが作り上げてきた立派な文化です

​​​決して一個人の自尊心や優越感を満たすために構築されたものではありません

真剣に練習すれば上達することができ

また、上達がままならなくても稽古にひたむきな姿勢を見せる人間には、やがて人望という宝物が生まれます

努力の仕方は人それぞれですが、『必要最低限のやることをやる』というのは、空手に限らず、どの分野でも同じです

お話に出てきた『彼』のパターンは

現実世界でやるべき必要最低限のものから目を背け

ただひたすら空手の幻想や妄想世界に生きようとした

そこから事故が発生しました

もちろん、理想や幻想を持つことは人間にとってある意味必要です

それは人生を豊かにするものです。

ただし、それは現実の世界…三次元空間で実際に起こる様々な出来事に折り合いをつけて、対処してはじめて

その理想や幻想は素晴らしく輝くといえましょう

今までこの「プライドの餌食」でお話ししてきたことは

なまなましくも実際にあることであり

​​そして恥ずかしながら私こと岩もぐらも『彼』と同じ精神状態に陥りかけたことがあります

だからこそ、誰にでもおこりえること…と捉えております

スポーツのおはなし 空手 空手、はじめます!

実際に空手をやっている青少年や社会人の皆さん

お子さんや恋人など大切な人が空手をやっている皆さん

もし自分や、大切な人が今までお話ししてきた状態に陥っているようなら

これは十分に修正可能な問題ですので、省みてみましょう

または注意を促してみましょう。

最悪の場合、いったん空手を休みましょう

空手で健やかな感性を育むなら最高ですが、感性が異常になってしまうようなことは非常に悲しいことです。

非常に悲しくて、残念なパターンをお話ししてまいりましたが

これが皆さんが空手ライフを営んでいくうえでの 

「災害対策資料の一つ」 になれば幸いです

押忍✊( ˙-˙ )🥋

 

 

 

 

 

 

武道・武術の災害対策資料:事故例「プライドの餌食④」

【必要性のない社会の暗部にはまる】​​​​

組手や試合を敢えて行わない団体はたくさん存在します。

しっかりとした技術及び指導理念のもとに

志を持って、敢えて自団体の活動内容からは組手や試合を外している

​非常に武道性が高く素晴らしいことで、頭が下がります

​しかし「彼」はそういうところにはなぜか行きません
見つけたとしてもスルーしちゃいます…​

なぜなら

​その団体を構成する人々は、前向きで一生懸命だからです。​​​

「彼」は自分のプライドを満たしてくれる場所を探しているので、一生懸命に稽古するコミュニティには近寄りません (´・ω・)

「彼」が反応するのは

​​「気で相手を吹っ飛ばす」

とか

「体内に波動を練り込み、岩をも砕く技を身に着ける」

とか、そういう神秘性を売りにした団体​​

「近代的な練習はしない、気を練れば強くなれる」

とかいうキャッチフレーズを上げたりなどしている​ハッキリ言って胡散臭い団体​です

​​​​​そこは…失礼ですが「彼」と同じような人間や、または武道や格闘技をやりたいけど、その勇気も何もなく…な人間の受け皿みたいな場所だったりします

​​​そういうところに出入りし、練習なのか悪ふざけのかよくわからないような活動の中

「彼」はやっと自分の居場所を見つけた気持ちになり、他の​​​会員たちからも「空手出身の○○くん・○○さん」といった形で、表向き重宝され始めます

冷​静に考えれば、まともな団体ではないことはわかるのですが

もう頭の中がプライド、劣等感、厖大な知識量でカオス状態になっている「彼」はそれを認識できません💀

しかしそういう団体は、カルト宗教や悪質商法の隠れ蓑​として機能していることが​あり、ゆっくりとそこで洗脳措置でも受けてしまったらもう大変です…​​​(令和4年の現在…タイムリーですね)

家庭環境も悪化し、そしてアクセサリーなどの正体不明の高額商品を買わされてることになる場合もあります。​​​

その流れとして、気づいたときにはそこから抜け出せなくなり

また本来必要のない借金をして、若くして首が回らなくなってしまう可能性もあります(続)

※これまでの記事↓

mogumogu88.hatenablog.com

mogumogu88.hatenablog.com

mogumogu88.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武道・武術の災害対策資料:事故例「プライドの餌食③」

【私生活でも「自壊」をし始める】
​​さて、前回までお話しした歪んだ空虚なプライドに支配されたまま、成長してしまった場合その子はどうなっていく可能性があるのでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さあ、10代後半から20代、その子は「彼」になりました。​

​​​​町の道場には「通えるのに自分で勝手にハードルを上げてしまって通えなく」なり
(ふつ~に最初から最後まで練習に参加すればいいだけの話なのに)

たまに行くと…

 ☂️自分の教えていた子がぐんぐん上達し

 ☂️自分の知らない型をこなして見せたり

 ☂️組手技術もはるかに自分自身を上回っている現実を目にします

それはそうですね、練習してないのだもの​​​

そしたら普通に
「久しぶりだなぁ!教えてくれよ^^」
とか言って仲良く練習すればいいだけの話ですが、それもできない。​

​​​​​​そして自分で勝手に打ちひしがれて帰ってくる→もう行かない

(・ω・`)​​

【そして】 ​
​空手部に登録していたとしても

そもそもみんなと一緒に目標を持って練習をする気がないので

レギュラーメンバーにはまずは入れない

(それ以前に初期段階で部活というものは、あまりに協調性のない奴は 監督&コーチ&部長 にカミナリおとされます。さらにどこの運動部でも、幽霊部員というモノはまず大切には扱われません)

つまり、行き場所がなくなります

そこではもう、お父様もお母さまも助けてはくれません。​

そして、どんどん自分の世界に閉じこもり、

巷の本屋やビデオショップで武道・格闘技系の書物を乱れ買いし、読み漁ります

どんどん知識は増えていきます

​​「彼」の中でもはや武道や格闘技は 首から上 でやるものとなってしまいます​​

 

流派、会派、他の武術の知識、達人の存在…どんどん知識を頭の中に押し込んでいきます

​ここで悲しいのは

試合の技術やトレーニングメソッドの情報には見向きもしないということです☂️​​

なぜか…理由は簡単です(´・ω・)

​​試合やトレーニング、といったものは、彼の中で自尊心が傷つく、目を背けたい現実を表す言葉​以外の何物でもないのです…🌂​​​

いつしか、道着も、拳サポーターも、押し入れの奥深くにしまわれて行ってしまいます。

​やがて「彼」は…「僕は空手をやっていました」ということをバックボーンに掲げて、『空手やってたの!?すごいね!』と自分の自尊心を満たしてくれそうなコミュニティ初期段階で他のメンバーよりもマウントが取れそうなコミュニティを探し始めます(続)

 

 

 

 

 

 

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